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迷子になる理由。日本が迷子になる!? [日記]

先日、心斎橋から難波に向かって、戎橋の雑踏の中、人の波に流されていました。
ダラダラと歩いていて、後ろを歩く人の会話が自然と耳に入って来ました。
後ろを振り返りませんでしたが、声の調子から若い女性だと思われました。
しっかり者と普通のギャルの二人組だと思います。学生のような感じでした。

  ---------------------------------------------- 会話再現 --------

イマドキ・ギャル: こないだ行った○○面白かったねん。

しっかり・ギャル: どこにあるの?

イマドキ・ギャル: えっとぉ、△△の右。

しっかり・ギャル: △△の右… ?

イマドキ・ギャル: うん。△△あるでしょ。その右側、すぐ近くにあるねん。

しっかり・ギャル: う~ん、右って言われても… △△がどこにあるか…

イマドキ・ギャル: だから、△△知らない? そのすぐ右にあるんだって♪

しっかり・ギャル: あのね。方向音痴とか地図が読めないといわれる人に共通することがあるのよね。
           それは、場所を立体で捉えていないこと。
           右とか左とか、そういう感覚で場所を捉えているの。
           それは、立体では捉えていないことやねん。
           今は右に見えてても別の場所から見たら左に見えるということがあるからやねん。
           今自分がいる場所がどこかを考えないで右とか左とかで記憶して、
           その記憶をもとに捜すから迷子になるねん。辿り着かなくなるねん。
           右や左の記憶が正しくても、元になる場所がどこかで変わるからやねん。

イマドキ・ギャル: そうなんや。なるほどね。

しっかり・ギャル: ということで、どこから見て右に見えたの?

イマドキ・ギャル: えっと、私が居た場所から見て右。

しっかり・ギャル: …

イマドキ・ギャル: ま、行ったら分かるって。すぐ右にあるんやから♪


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伝えるということは、とっても難しいですね。

疑うこともしないほど確かに思っていることがあるとしたら、
疑いを持つことも調べることもしないし、
それが実は不確かなことであっても、金科玉条のように大切にするのではないでしょうか。
なぜなら、それを疑うということは大地が崩れるほどに大変なことに思えるからだと思います。
疑うという教育も、信じるという教育も教育です。
けれども、教育自体が間違っているとは、なかなか想像もしないのではないでしょうか。
日教組の教育もそうです。
まさか、先生が間違っているとは思わない(思いたくない)でしょうし、
先生が考える国のアリカタが危ういものだと考えることはないと思います。
先生批判を声高に唱える人がいたら、まずは周りを見て、周りの反応(動き)をみます。
周りが動かないなら、自分も動かないのがフツウです。
ヒーローになりたくても、実際には悪役になりかねない愚を犯したくはないからです。

自分の立ち位置を知り、回りを見る。
そして見えて来るものから全体を構築する。
周りの反応、ウワサやブラフに惑わされないで、自分の進む道を決定する。

これだけのことを自覚的にされている方がどれほど居るでしょうか。
自覚的でなく、感覚的に動く人がほとんどであると思います。
周りを見て、周りがそうなら、まずは間違いないと思う。
突飛なことをして間違ったら笑い者にされる愚を犯すことになるけれど、
多数派に従えば、例え間違っていたとしても自分一人ではないから安心。
という心理でしょうか。

かくして、日本はドンドン暴走していくような気がしてなりません。
暴走を許すというより、情報を操作して暴走を作り出している気がしてなりません。

日本が、迷子になる。
そんな気がしています。

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日本は、世界に類をみない確かな存在が悠久の昔から(?)擁しています。
その存在を擁していること、存続させて来たことが貴いことだったのです。
私利私欲に翻弄される存在としての自分を超えて、
全ての人を自らの子として尊んでくださる存在。
それは、「友愛」 なんてアヤフヤで偏狭な思想を超えた心です。
古来から続く伝統や歴史を尊いと思い、それがずっと続くことを願う。
祭祀という手段で願うことで連なっていく日本。
なんと有り難く貴いことであるか。
それを学校で教えられることもなく、自分が何であるかも分からなくされたまま、
自分がどういう存在で、どんなに尊い存在か、そのことを護ることがどんなに貴いことなのか。
知らされることなく、隠され、貶められて来た気がしています。

靖国神社に眠る(集う?)英霊は、何を護ろうとしたのか。
尊い命を賭してまで護ろうとしたもの。価値あるものとは…

「天皇陛下万歳」

この言葉に込められた想いは、その言葉通りではないのです。
天皇陛下によって護られている日本。
現在だけでなく、過去と未来を護るための想いを込めた言葉だったはずです。
その貴い気持ちを汲むことなく、戦前悪観と共産主義的世界観で日本を見ると…
日本は、経済優先で暴走し、私利私欲優先で暴走してしまいます。

今、鳩山政権は、「政権交代」 というイデオロギーで暴走し、
官僚悪、自民党政権時代の政策悪で暴走しつつあります。
まるで、自分の立ち位置を忘れているかのよう。
日本という国の立ち位置を見失っているかのようです。

さらには、皇室典範も改正する方向に向かうようです。
けれど、皇室は、天皇は、どんな時代も(国家安寧を願う)祭祀を続けることで日本を支えて来たのです。
戦争に加担したのでも、日本国民を犠牲にして来たのでもありません。
宮内庁は、どんどん天皇陛下の祭祀を減らし、祭祀以外のお仕事を増やしています。
民主党政権になった今、皇室の後継者問題(女系天皇)まで踏み込もうとしています。
よくよく勉強し、それがどんなことを招くのか知ることが必要です。
衆議院選挙の結果は、日本が迷子になる序曲に思えています。
皇室典範が改正されるようなことになれば、日本はその芯となる要を永遠に失うことになります。
それが、日本が日本でなくなるということです。

皇室典範は、戦前の大日本帝国憲法では、皇室でさえ改正出来ない理(ことわり)でした。
日本国憲法では、皇室典範が改正できるようになりました。
なぜ、皇室でさえ改正出来ない理を改正可能にしたのか…
皇室や天皇の存在とは何なのか。(共産主義勢力にとっては不要なものなのです)
よくよく知る必要があります。

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先の会話から、フツウのギャルに好感度を持つ人がほとんどだと思います。
しっかり者は、正論を説いています。
けれど、フツウのギャルには、その思いは届かなかったように思います。
しっかり者は、フツウのギャルから、距離を置かれるかも知れません。
KYのレッテルを貼られるかも知れません。

私は、フツウのギャルの考え方に好感を持ちますし、安心もします。
けれど、好感と安心だけでは、一緒に迷子になるという覚悟が必要なのです。
一緒に迷子になり、一緒に迷い、一緒に辿り着く。そこに喜びもあること否定しません。
けれど、迷った末に崖から落ちてはお終いなのです。
やはり、迷わないために必要な意見には耳を傾けることが必要です。

ご参考に。

koushitu.jpg  小学館










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