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黒田裕樹「明治憲法とは」 2/15 [正しい歴史認識]

2/15 「明治憲法とは」 ~'10.01.23 黒田裕樹の歴史講座
http://www.youtube.com/watch?v=yhW9N3sbHAI&list=PLF5A3AF647E00E535

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明治憲法という解釈なのですが、一般的には、このような形で言われています。

日本は近代国家の形式を整える必要性から明治憲法を1889年、明治22年に制定しました。
明治憲法は天皇が臣民に対して授けるという形の欽定憲法という形で発布されました。

欽定憲法→天皇から臣民に対して授ける(押し付けられる)
        臣民にとっては、受け入れざるをえない憲法

天皇が最高の権力者で、帝国議会(今の国会)、内閣、裁判所も天皇を助ける機関に過ぎない。
天皇は軍隊を統率したり指揮する。
あるいは条約の締結権を持つ等、非常に大きな権力を持ってました。

天皇の大きな権力のことは、一般的に、「天皇大権」 といわれています。
「天皇大権」 という名の元に、国の権力は天皇が一手に握っています。
臣民たる国民は権利を与えられていましたが、
厳しく制限された非常に歪曲された権限でしかありませんでした。

これが、だいたい、歴史教育における明治憲法の姿といって差し支えないと思います。
憲法の内容の条文についても、大筋で今申し上げた内容のようなものだと思います。

今までの歴史教育の内容における明治憲法のポイントなんですけれど、
一つには、「天皇大権」ですね。
天皇は天皇大権という名の下に最高の権力者を持っていた。
第二に、議会、内閣、裁判所という、いわゆる三権は明治憲法下では確かに存在はしていた。
存在はしていたけれど、国家的な位置づけとしては、あくまでも天皇が中心であって、
天皇の名の下に三権がある。つまり、天皇を助ける機関でしかなかった。
第三に、国民のあらゆる権利が制限付きであって、不十分なものでしかなかった。

つまり、天皇主権。三権は天皇を助ける機関でしかない。
臣民の権利は制限された不十分なものでしかない。
これが、今までの明治憲法のイメージです。

しかし、これって本当なんでしょうか?
明治憲法というのは、本当に、こんな内容でしかないのでしょうか。
事実に照らして正しい内容であれば納得がいきます。しかし、本当のことなのか。

国民にとっては満足のいく内容ではない不十分なもので、 国民は憲法を嫌っていたんでしょうか?

この謎を解き明かすためにも、まずは、明治憲法が定められた歴史的経緯。
まず、公民と歴史の中の、歴史的経緯の中から探ってみたいと思います。

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